昨年12月のある日、元妻に用事があったので、麓の町にあるその家に行き、玄関先で立ち話しをしていたら、彼女が勤めていた保育園から突然クビにされたということを聞いた。その理由を園に尋ねても、そのたびに違う答えが返って来るし、身に覚えが無かったりすることなので、「どうせ他に入れたかった人がいたんでしょ。」と言っていた。この地域の大きな会社や公共の施設では、よくありそうな話しだが、中学に進学を控えている息子がいることもあるし、それは災難だ。
その彼女が、大きなビニール袋に林檎を沢山入れてくれた。
左が傷物、右が規格外。
「近頃始めた林檎もぎのバイトでは、傷物や規格外のものをただで貰えるの。」
彼女はそう言って、背後の床の上に置いてある大きなコンテナを指差した。するとそこには、それと見られる林檎が山のように入っていた。50~60個はあるだろうか。
先に述べたような状況の母子家庭から物を貰うのは何となく気が引けるが、この家でこの量の林檎を一挙に消費するのは到底不可能なはずなので、普段間食をしない私だが、それを有難く頂戴して家に帰った。
さあ、この大量の果物をどう料理するかだ。
この季節、暖房されていない部屋に置いておけば1ヶ月以上は確実に持つだろう。しかし、今回貰った林檎の多くには傷があり、放って置けばそこから腐ってくることは明らかなので、せめてそのようなものだけでも、傷んでいる部分を取り除いて早く食べてしまわなければならない。ところが、それをそのまま食べるということは、間食の習慣がない私にとってかなりの苦痛になる。それなら一度に加熱調理してしまうか、保存食にするしかないのだ。
それを消去法で決めることにした。
砂糖というものが存在しないし購入もしない我が家なので、林檎ジャム、アップルパイ、アップルケーキなどの菓子類が、どんどんと消えていく。
林檎酢という手もあるが、先月柿酢を大量に仕込んだところなので、それも消去する。
となると、あとはご飯のおかずか漬物か、酒のつまみぐらいしか残っていない。
「林檎」という単語が枕詞(まくらことば)に入っている、某大手食品メーカーのインスタントカレーが昔からあるが、それはあくまでも隠し味としてであって、林檎が主体になっているものを想像すると、なぜだかあまり食欲が湧かなくなるから不思議だ。これも消去。
林檎鍋?
林檎の麹漬?
……だんだん気分が悪くなってきた。
そういえば、以前タイかどこかで、ポテトチップならぬバナナチップというものを食べて、えらく感動したことを思い出した……。
林檎チップ!
うっ、突如として魅力的だ!
しかし、揚げ物を作ったり食べたりするのは好きだが、その後片付けが面倒臭いので、これは保留にしておき、もっと他のものを模索してみることにした。
そういえば、先ほど候補に挙がった柿酢は、今ちょうど酵母菌が活発に働いているところだ。この天然酵母を使ってパンを焼いてみようと思っていたことを思い出すと、突如として閃いた。
林檎パン!?
いや、アップル、
アップルパンだ!!!
早速作ってみる。
アップルパイの味をイメージしたので、林檎を油で炒めてシナモンを効かせる。しかし砂糖は一切使わず、塩によって林檎の甘味を引き出すようにしてみた。以下はその結果。
天然酵母の一次醗酵が少し足りなかったので、パン生地が思ったより膨らまなかったし、柿の色素のせいで茶色っぽくなってしまった。古代エジプトの人々は、きっとこのようなパンを食べていたに違いない。そのため、学術的には非常に貴重なものだ(うそ)
まあ、見た目は素朴だが味は悪くなく、焼酎のつまみとしては申し分ないので私は満足した。そして、これを公開するなら、どういう物が世間で「アップルパン」とか「林檎パン」と呼ばれているのか、一応見るだけ見ておこうと思って、検索サイトで調べてみたら……
ガーーーン!!!
どれもこれも、ベルサイユ宮殿とか、ディズニーランドとかの世界であった!
そうか。世間では、あのように洗練されていて華麗な『お菓子』じゃないと「~パン」とは呼べないんだ。それならもういい。私にとっては愛すべきこの料理だが、Web上で公開することは止めにしよう。しかしその中身なら、単体の料理として認められるはずだ。
名付けて「林檎きんとん」。見た目は和食の「きんとん」に似ているが、味はアップルパイに近い。
※ 酒のつまみにするので私は砂糖を使わないが、お菓子として作るなら塩の代わりに砂糖にしてもいい。その際、塩を少々加えると更に甘味が増す。
暖かいうちでも良いが、冷やしても旨い。
この例では和風にして、柚子と唐辛子を乗せている。この甘辛の味覚は、あまり他には無いので、「珍味」と言うに値するだろう。
油とシナモンが入っているので、どちらかと言えば洋酒に合うし、ご飯よりもパンに合うと思う。
干し葡萄やバターとの相性も良いと思うので、他の料理に転用することも出来ると思う。