「窓辺のクモ」というと、窓から空を流れる雲を眺めるというようなロマンチックなことを連想してしまうが、我が家の場合そうではない。台所の窓辺で蜘蛛に虫捕りをさせるという現実的なことだ。
台所にはいろいろな理由で虫が集まってくる。それらの虫は、時として人間の食物に病原菌を運んだり、鍋の中に飛び込んで、レシピを変えてしまったりする。豆腐の味噌汁が、豆腐とハエの味噌汁に変貌するのだ。これでは困る。特に、調理台は窓際にあるので、この危険性は極めて高い。
そこで、私はクモに虫を捕ってもらうことにした。台所の虫については、我が家の「だいどころ」の、虫対策をご覧頂きたい。
この虫捕りをするクモたちは、私の行動の支障にならない限り、その巣と生命の存在が保障されているところが、我が家の他の台所の虫とは大きく違っている。
ところで、クモがスズメバチを捕らえた直後の上の画像をご覧になって、ある不思議なことにお気付きになられた方は、クモの生態に詳しい方だろう。普通ならクモは生きた獲物を糸でがんじがらめにして動けなくし、おもむろにその体液を吸い取る。ところが、このクモは、さっきまで外に出ようとして、元気良く窓ガラスに体当たりしていた、自分より体の大きなスズメバチを、糸を殆ど使わずに瞬時に麻痺させてしまったのである。
これは、このクモがかなり強い毒を持っているという仮説が成り立つ。猛毒を持つスズメバチすら倒してしまうクモ。これは我が家の窓辺のクモとして、まさに適任だ。(ドラキュラ風に)フフフフ・・・。
スズメバチの体液を吸い尽くしたこのクモの体は、以前の倍になり、その翌日、なんと産卵した。右の画像のクモの左上のものがそれ。
私は、毎日このクモを目の前にして料理を作って食べている。
ところが、世の中いいことずくめなどありはしない。クモの子が孵化したのだ。
およそ100匹のクモの子たちは、3~4日母親の巣で団子状に群れていたが、しばらくすると、それこそクモの子を散らすようにどこかへ拡散して行った。その後数日間、私は台所で妙にくすぐったい思いをした。夏のことなので上半身裸である。その背中、肩、腕、そして顔のあちこちに何かが触れるのだ。最初はそれが何かわからず無意識にただ払い除けていたのだが、或る日左肩にチクッと痛みを感じたので良く見ると、なんと隊長0.5mmほどのクモの子が皮膚に噛み付いていたのだ。私はそれで今までのくすぐったさは、そのようなクモの子が出した目に見えるか見えないかくらいの細い糸の仕業であることがわかった。
生まれて間もないクモの子は、ちょうどタンポポの綿毛が風に舞うように、自分が出した細い糸につかまってあちこちへ散って行く。運良く巣が掛けられそうな場所に引っ掛かった者は、その後は餌にありつける。私に引っ掛かった者は運が悪かったのだ。
「逞しく育ってくれ。」
私はクモの遺伝子に向かってそう言うと、私を噛んだクモを振り払った。