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ペットの部屋

ネズミの秋に

2006.10.15.
2009.8.24. 更新

 巷では「何々の秋」という言葉をよく耳に致しますが、私にとって秋といえば何と言っても「ネズミの秋」。なぜなら、春から夏に掛けて野山で巨大化したネズミが、毎年秋深まると暖を求めて我が家に押し寄せて来るからなんです。
 この生き物は実に多芸でして、土に穴を掘る、壁を齧って穴を開ける、木には登るわ、ジャンプはするわと……。その侵入を完全に防ぐためには、家を大改造しなければならないんでしょうが、今の私にそんな財力はありません。
 ネズミがただ冬越しして行くだけなら私は構わないんですよ。でもネズミは、毎日昼夜を問わず入れ代わり立ち代り台所に現われては、流し台やゴミ箱などを荒らします。それによって、スピロヘータだとか蚤やダニだとかの様々な病原菌や寄生虫を撒き散らしていくんです。
 しかも、ネズミは一度掛かった罠には滅多に掛からないという賢さも備えてます。ですから、ネズミ捕りは失敗も情けも許されない必殺の仕事なんです。ネズミに長時間苦痛を与えず寄生虫諸共始末するためには、籠式のネズミ捕りに掛かったネズミをすぐ水の中に籠ごと沈める必要があります。前回はこのようにして雪融けまでの間に、十二匹のネズミをあの世に送ったでしょうか。
 これは、人間が引き起こした環境破壊によって山で生活できなくなった生き物が、仕方なく里へ下りて来ただけで無闇に駆除されるという理不尽極まりない現象とは根本的に違うんです。こうでもしなければ、こっちの生活が危うくなるんですからね。
 そのため秋から冬にかけての私は、夜も満足に眠れず殺伐とした日々を過ごさねばならないんです。

ペン
ペン
 そんな秋のある日のこと。家の前で哀れみを帯びた猫の鳴き声がしました。玄関を開けてみると、顔から背中に掛けて黒く腹が白い、丁度ペンギンのような毛色をした小さな若い猫がいました。その猫はこの一帯の家々を回っては餌をねだるということを始めたらしく、それからというもの毎日何度か我が家にも訪れるようになりました。私がその都度、たまたまあった魚の粗の出しガラを玄関の脇で与えると、その猫はいつもそれを旨そうに食べます。
 ところが私に慣れてくるにしたがって、この猫はまるで私を脅すような鳴き方で餌を要求するようになったてきたんです。私は猫とそんな関係になるのは御免なので、あるときその要求を聞き入れず、餌をやらずに家の中に入ってしまいました。するとその猫の声は一転して詫びるような哀れな調子に変わり、それから私を脅すようなことはしなくなりました。どうやら賢い猫のようです。
 我が家では様々な理由から猫を飼えない状況にあります。でも、ネズミによるあのような疲労困憊(ひろうこんばい)のことを考えると、私はこの一匹なら納屋の中で飼ってもいいかなと思いました。

「飼ってもいいかなとは思ったけど、そりゃないぜ、おい……。」
 翌朝、私は苦笑いしながら思わずそう呟いてしまいました。ガラス窓越しに何気なく外を見たら猫が三つに増えてたんですから。あの猫が、どこに隠してたのか二匹の仔猫を連れて来たんです。その二匹はよく人に慣れた雌でした。雌は子を産んでどんどん増えるし、それを防ぐための避妊手術に掛かるお金が半端じゃないんで、きっとその飼い主が捨ててしまったんでしょう。
 しかし親猫が痩せ細ってるのに対して、その二匹は健康優良児といった感じです。これはこの親が、自分の食べる量を減らしてまでも懸命に子供たちを育ててる証拠です。それに心を打たれた私は、この猫三匹まとめて面倒を見てやることにしました。
 飼うからには雨風をしのげる場所が必要です。次の日雨が降ってきたので私は、納屋の中の普段は日当たりのいい場所に空のダンボール箱を置き、その中に暖かそうな古着を敷きました。そして、親猫を抱き上げそこに入れてやると、親はすぐにその意味が判ったようで、外にいた子を優しい声で呼び寄せました。やはり賢い猫なんですね。
 この親猫は狩りも上手です。トカゲ、カエル、モグラ、そしてネズミ! お陰で今のところネズミによる目立った被害はありません。しかしこれからの季節、外では食べる物が無くなります。私は自分が食べようと思って蓄えておいた鰤の粗を解凍させて猫たちに与え尽くすと、今度はキャットフードを買って来て与えるようになりました。

 住と食が安定すると猫たちはまあ食べるわ食べるわ。まとめて三匹も飼うのはこれが初めてのことなんで、私はその量の多さに驚きました。三キロ入りの餌が十日と持たないんですから。
 ある日、台所の中に親猫がこっそりと入った形跡がありましたが、この家の住人は人並みの食生活をしてないってことが判ったんでしょう、それっきり家の中には入ろうとしなくなり、餌入れが空になれば私にねだることはせず、黙って仔猫たちを連れて隣りの家にねだりに行くようになりました。それは猫として賢明なことですが、人間には人間社会の常識というものがあります。これで隣りとの関係にひびが入っては困るので、私はわざわざ猫餌を買うために車を走らせるなどという、今までは考えられなかったような贅沢なことまでしなければならなくなりました。
 それから三日後の朝。な、な、なんと、猫がまたもや増えてるではありませんか! 人にはあまり慣れてませんが、やはり飼われてた猫のようです。こんな小さな仔猫一匹だけをこの寒空の下に捨てるなんて全くひどい人がいるもんです。こうなればこれから冬の間だけでもこの子の面倒を見てやるしかありません。
 実は今年の夏、車の傷みが激しかったので買い替えたために、私は青息吐息の状態がずっと続いてるんです。生ける屍と言えば少し大袈裟になるでしょうけど。こんなとき猫を一度に四匹も抱え込むということは無謀の極致です。
 そんな状況とは露知らず、私の足元でくつろいでいる猫たち。その無邪気な姿に思わず微笑んだ私の顔は、猫に見られないようそっと秋の夕空を仰ぎ見て笑い泣きになりました。ここで、国の新しい指導者に対して一言言いたい。戦争の下拵えのような法律ではなく、ペットを捨てることをもっと厳重に取り締まるという、世のため人のためになる法律を作って頂きたいと。

 それからまた三日後。天気が良いので、私は猫たちを連れて近くの公園に行きました。公園に着いた私は、杉葉を拾い集めるという仕事が済んでからすぐに帰りましたが、猫たちは広々とした場所で楽しそうにしてたので、しばらく遊んでから帰るんだろうと思ってました。ところが、一時間経っても戻らないので心配になった私は、もう一度その公園まで行ってみました。すると、そこには猫の姿がありません。
 ペンと名付けたあの賢い親猫が一緒だから大丈夫だろうと思いつつも家の周辺を探してたら、何とペン一匹だけが戻って来たではありませんか。
「子供たちどうしたん?」
 私はペンの黒い顔に向かってそう尋ねましたが返事がありません。
「もしかして、Kさんちに置いてきたんか?」
 私は公園の下隣りにあるその家の風景を脳裏に描いてそう尋ねると、ペンの黒い尻尾が微かに反応しました。

 その夕方、隣りのNん母さんが野菜を沢山持って来てくれました。こうして時々私に自家製の野菜や果物などいろいろと恵んで下さる、太陽のような方々の中のお一人です。私は玄関先で野菜の礼を言うと、一旦帰り掛けた彼女が振り向いて言いました。
「あんたんとこに猫くらせんか?」
 私は待ってましたとばかりに言いました。
「来ます来ます。もしかして、お宅の猫?」
「ううん、あれは捨て猫だっちゃ。」
「やっぱりな。でも俺、餌くれとるんですよ。」
「あれ、そういうのん。」
「はい。ネズミがまあやぼだもんしのう、大きいのはこんけぇもありますっちゃ。」
 私はそう言って両手で仔猫ぐらいの大きさを示しました。
「へー、今どきそんけぇのんは珍しいわ。」
「そうでしょう。だもんし猫でも飼わにゃだちかん思うて。子連れで、もつけねーかったしのう。」
 この会話をゴロゴロ言いながら二人の足元で聞いてたペンを指差して、私は話しを続けました。
「これがその母親で・・・。」
 すると母さんは、即座にそれを否定しました。
「ううん、これは男だよ。」
 私は、仔猫に注ぐ愛情の強さやその体型から、それまでてっきりペンが母親だと思い込んでたので一瞬目が点になりました。
「は?」
「この黒いのんは男。他にミツ(三毛)が二つと、ちっちぇーヨモ(ヨモギ)が一つ来るけものう。いつも腹膨れとるようだし、あんたんとこで餌やっとるんだねーかって、あんちゃんと言うとったんだよ。」
 そのような会話をしてるうちに、隣りの家ではその猫たちに餌は殆ど与えていないということが判ったので私は安心しました。
 立ち話しが終わって母さんが帰ると、早速私はペンのお尻をよく見てみました。するとそこにはまだ小さく目立たないけれども何と玉がちゃんと二つ付いてたではありませんか! これは失礼! ということは、もしかするとペンと二匹の三毛は親子ではなく、一緒に飼われてた従兄妹同士のような関係なのかも知れません。

 その夜、仔猫たちはついに戻らず、ペン一匹だけとなりました。こんなことは飼ってから初めてのことです。でもペンは平然としてるので、彼は仔猫の安全が確保されていることをちゃんと知ってるんでしょう。貂(テン)が仔猫を襲うことはよくあるようですが、一度に三匹が襲われるのには三匹の貂が要ることになり、群れを作らない貂の習性からするとそれは有り得ません。仔猫たちは、きっとどこかの家で厄介になってるんでしょう。私は事態の推移を冷静に見守ることにしました。
 その次の日の早朝、私に一番なついてるモンニャと名付けた仔猫がまず帰って来ました。その夕方、新入りで一番小さなチビッチャが帰って来ました。この子は他の猫とは仲良しなのですが人に慣れていず、指を噛んだり引っ掻いたりする癖があるので、きっとKさんちから追い出されたんでしょう。美女猫のチャチャは可愛がられているんだろうと思ってたら、その夜遅くなってから帰って来ました。ちょっとばつの悪そうな様子で。
 それにしても、あれほど大事にしてた仔猫たちを他所の家に置いて自分だけ帰って来るなんて……。ペンは私が笑い泣きしてたことをちゃんと知ってたんでしょうね。

他の3匹
左から、チビッチャ、モンニャ、チャチャ

客間


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